うお座のお母さん。
お母さんはとても、優しくて穏やかな人。
人を責めない。不平不満もあまり言わない。
決して見返りを求めずに、自分を犠牲にして献身的に尽くす、とてもとても愛情深い人。
お母さんは、なぜか人からよく相談を受けると言う。
それはきっと、お母さんの持つ、海のように深い包容力をみんな感じているから。
人の負の感情までも全て許容し、境界線なく自分のなかに受け入れてしまう、その力を。
だからみんな、寄ってくる。悪い人も。
海の底深くでじっとしているお母さんは、自分からはめったに動かない。
「どこに行きたい?」
「どんなことがしたい?」
お母さんを楽しませたくて、笑顔になってほしくて、そう聞いてみてもいつも「分からない」と言う。
「もし年だから」と、全てをあきらめたように言う、お母さん。
結婚前、お母さんには、好きな人がいた。恋人がいた。
だけどお母さんが結婚できる条件は、「自分の親と同居してくれる人」だった。
家の中で大きな力を持つばあちゃんに、そう決められていたから。
お母さんの恋人は、「同居してもいいよ」と言ってくれた。
だけどばあちゃんは、恋人を気に入らなかった。
結局、お母さんは恋人と別れ、ばあちゃんが気に入った父とお見合いをして、結婚をした。
「お母さんは、好きな人より、自分の親をとったんだよね。」
いつかつぶやくように、そう言っていたお母さん。
お母さんと恋人のあいだには、どんなドラマがあったんだろう。
わたしの知らない、お母さんの顔。
恋人といるとき、お母さんはどんな気持ちだったの?どんな未来を、描いていたの?
お母さんは、父といても満たされないと言う。
父は、お母さんのことを愛してはいるけれど、心の奥深くまでを理解できる人ではない。
お母さんの心は満たされない。わたしはそれがただ、哀しい。
もしも、親を捨てて、恋人と結婚していたら、お母さんの人生はどうなっていたんだろう。
たまに考えるんだ。
そしたらお母さんは、今と全然違う人生で、もしかしたらすごく、幸せだったのかなあ?
そうすれば、よかったのに。
大好きなお母さん。
わたしは生まれたときからお母さんっ子で、いつもお母さんについて回った。
大人になっても、色んなことを何でも相談してきた。
なのに少しずつ、離れているお母さんの気持ちが分からなくなっていく。
ずっと、近くに感じていたいのに、少しずつ、遠くなっていく。
あんなに何でも分かりあえていると思えていたのに、今はもう、分からない。
決して近づけない、夜の海みたい。
お母さん。
夕日を見て涙を浮かべたあの日の横顔を、心から美しいと思った。
お母さんがこんなロマンチックな一面を持った人だって、知らなかったの。
生まれてからあんなにずっとずっと、一緒にいたのに。
たくさんの人に無償の愛を注いで生きてきたお母さんだけれど、本当はその分、
自分の望みを全て飲み込んで生きてきた人だったのかもしれない。
その優しさの裏側で、これまで何を諦めてきたのだろう。
深い、深い海の底にひとりで沈む、うお座のお母さん。
本当は、どう生きたいの?
どんなことが、お母さんの望みなの?
お母さん。
手をつなぐと、その小ささにいつも驚く。
あんなに頼もしかった背中が、今はもう頼りなく見える。
お母さん。
笑顔にしたいのに、その方法が分からないよ。
ごめんね。ごめんね。ごめんなさい。
お母さん。
胸のなかで、そうつぶやくたびにいつも、今も。
涙が止まらなくなるのは、どうしてだろう。
